てぃーっす!

私は歯医者が好きだ。
一歩踏み入れた瞬間から漂う無機質な雰囲気といい、
なぜだか無駄にキレイな受付嬢といい、
必要以上に怯えた表情で待つ客(患者)といい、
そこここに響き渡る電気機械音と
カチャカチャいう鋭利な金属の音といい、
自由を奪われた状態で無防備に口を開けている間抜けな自分の姿といい、
正直歯医者の何が好きなのか自分でもわからぬが、
私は歯医者が好きだ。
子供の頃から熱心に歯医者にかかりたがったものだが、
そうゆう人間に限ってなかなか虫歯にならないものである。
年に一度の歯科検診でC1、C2という声を聞くことがあっても、
さして大掛かりな治療は必要のない程度のものであったため、
表面を少し削ってコーティングする程度で済んでしまうのが常であった。



しかし、そんな桃子にもチャンスが訪れた。
成長期を迎え、念願の歯医者に行くことになったのである。
顎が狭いのに歯がでかいという致命的不具合により
私の歯は本来収まるべきところに収まりきらず、
中学に入る頃には割りと自由奔放な感じの歯並びが形成されていた。
その奔放さ故、食事のたびに口の中を血だらけにしていた私の行く末を心配したのは両親であり、
家族会議の結果、已む無く歯列矯正を行なうことと相成ったのである。
(断っておくが、顔のでかさと顎の細さは一切関係ない)
残念ながら虫歯の治療ではなく、矯正専門医だったのだが、
この際欲を出している場合ではない。
矯正と言えども歯医者には違いない、何らかの外科的治療はあるだろう
そう決め込んだ中学生はスキップしたい勢いで校医からの紹介状を片手にその矯正歯科の扉を叩いた。


案の定、私の思いは的中し、
まずは矯正治療にかかる前に歯がきちんと並ぶスペースを作る必要があるということで
健康な歯を上下4本と、これから生えようとしているであろう親知らずを生える前に上下左右全て抜くことになったのである。
2ヶ月に渉り、毎週1本ずつ抜歯していくこのスリルは
不謹慎ながら私が最もエキサイトする期間であった。
親知らずに至っては、生える前の歯をわざわざ抜くのである。
それはもう抜歯を越えて軽く手術。
メスとかレーザーとか使っちゃったりして、歯医者で一気に盛り上がる私。
麻酔を打たれる時のあの感覚と麻酔薬の味、
ぐいぐい歯を引っ張り抜かれる時のあの鈍い音が忘れられない。
味覚障害疑惑に引き続き、やっぱり変な人…と思われるのを憚らずに言うが、




今思い出してもちょっとゾクゾクする。





残念ながらその後の数年間は
矯正の器具及び装置の微調整やその後の経過をみるだけとなったため、
毎週矯正歯科へ通う土曜の午後の足取りが重くなったのは言うまでもない。




それから10年ぐらい経ったある日、
何となく虫歯があるかもしれないという淡い期待を抱き、
山科区ではどうやら人気のある歯医者をオープンザドアして踏み入った。
久々の歯医者に逸る気持ちを抑えきれず、
待合室で週刊誌などを開いてはみたものの、内容など全く目に入らない。
名前を呼ばれ、浮き足立ったまま治療台に上り、張り切って口を開くと



「治療の必要な歯は1本もないですね」




診察開始直後に下された残酷すぎる宣告に桃子呆然…



結局そのまま歯科衛生士のギャルに
正しい歯の磨き方をレクチャーされて終わった桃子26歳。
もちろんその後の予約などあるはずもなかった。





そんな桃子、
今日歯医者へ行く。
休憩時間に歯医者へ行くのだ。
痛む箇所も問題のある箇所も全くないが
「虫歯がある気がする」と電話をした。
6年ぶりだ、
削るべき虫歯のひとつぐらいあってもよいだろう。
イヒヒ。