ファンデーションを割る女


ポストを開けると1通の手紙があった。



差出人を見て思わずハッと息を飲む。
無理もない。
そこにはすっかり忘れていたはずの名前があったのだ。


封を開けると、見覚えのある字。
気持ち右上がりの癖は相変わらずのようだ。
どこか懐かしいようなくすぐったいような感覚に襲われる。



「桃子、ひさしぶり。
もう買ったファンデーションをすぐ割るクセは治りましたか?桃子によくファンデーションを買わされたことをなつかしく思います。
素直に泣けない桃子が『もう私のことなんかほっといてよ』と言って別れることになったあの日から、もう17年が経ったんだね。月日が流れるのは早いものです」



疲れた身体にアルコールが沁みわたるように
薄れていた記憶が少しずつ甦ってきた。
もう17年…か。
あの頃の少女は今、
くるぶしのかさつきと医療保険の申し込みに直面している。



「そうそう、そういえば桃子にとってはおれが最初の彼氏でしたね。付き合ったばかりのころの桃子は、かなり猫をかぶっていた気がします。少なくとも最初のころは『今日、腕毛がすごいけど気にしないで』とか言うことはなかったと思います」



そう、初めての男(ひと)だった、
何もかも。
毎日がドキドキとハラハラの連続だったもの。
焼肉のたれ(辛口)で白米3杯はいけるとか
朝からスイカ丸ごと食べてきたとか言うことはなかったと思います。
あっ、
今日もTATTOOがちらつくと思うけど気にしないで。



「まだ二人がラブラブだったころ、桃子は『もうどこにもいかないでね』とよく言っていましたね。おれは一生そのままだなんてとても無理だと思ったけれど、真剣な桃子の顔を見て、何も言えなかったのを覚えています。

総括して言うなら、おれは桃子と付き合えたことを、本当に感謝しています。この経験があったことで、あまりつらいことをつらいと感じなくなったし(笑)、よりかかられることのつらさと喜びを同時に味わうことができました」



あ、総括しちゃった…?
トラウマをも超え、糧になるほどつらい思いをさせてたなんて
全然知らなかったよ…私のバカッ。
でも当時の私にはあなたしか見えなかった。
視力検査ではいちばん上も見えない私だけど、
あなたの顔は何となく見えてた。だから安心して。
お椀にはりつく味噌汁のワカメさながらにベッタリよりかかる女だったのかと思うと
我ながら情けないけど、
おかげさまで今は「どこにも行くな」なんて言われたら
即「サヨナラ」と笑って言えるようになりました。(孝太郎なら留まる)
そして今、
私は現実と妄想の間をブラブラしている。




「あ、そうそう、手紙を書いたのは何か理由があるわけではないんだ。桃子に名前が似てる犬がいて、ふとなつかしくなったから、たまには思いついたままに何か書いてみようと思っただけ。ふふ」



その犬の名はもしかして桃太郎侍
桃太郎だか桃井だか桃尻だか知らんが
絶対かわいいよね、その犬。
っつか、
ふふって何?
そんな理由で昔の彼女に手紙書いてんじゃねーよ。
あんたの思いつきに付き合わされる郵便配達員の身にもなってみろっての、ばーか。
ほんっとばかじゃないの、いい年して。
…ぐすっ。


…泣いてなんかないもん。



「いろいろ書いたけど、おれはそんな桃子のことが好きでした。これからも桃子らしくいられるよう、あと、当時本気でやっていた深夜ラジオへの投稿も続けて(笑)、幸せをふりまいてください。

またいつか会いましょう。では。

P.S. おれと付き合った過去をみんなに隠しているって本当ですか?」



あれから17年、
桃子はまだ1人、
深夜にネット配信番組を視聴している。
投稿はハガキじゃなくてリアル書き込みだ。








と、
こんな手紙があなたにも届くと思います。
http://letter.hanihoh.com/




ちなみに分析結果。


【短評】
男勝りなところがあり、素直さに欠ける。わりと自己嫌悪が強い。恋愛を面倒くさいと遠ざけがち。
【あなたの恋愛事情を考察】
桃子さんは基本的に臆病なのでしょう。心のどこかに甘えたい自分がいながらも、封じ込めて、強くあろうと生きてきたのではないでしょうか。甘える自分は大嫌いなので強さを獲得したものの、男性に対し敵対的な気持ちになることが多く、恋愛からは遠ざかったのかもしれません。
もし恋愛をするならば、いつのまにか自分を軽く見ているような男性を選んでしまったり、振り向かない男性を選んでしまったりする可能性があります。「そのほうが楽だから」と自分自身も思っている可能性がありますが、じわじわしんどいことでしょう。何かを置き去りにしているのですから。
また、それとは違い、思い切りワガママで面倒くさい男性(子供なのに亭主関白、とか)を選ぶ可能性もあります。犠牲的になったほうが、桃子さんはどこか気楽なのでしょう。


ここから言える、桃子さんにありそうな問題点を列挙します。
◆自分が何を考えているのかよく分からない恋愛をしてしまう。
◆本当に好きだと思えた人とは真正面から付き合えないか長く続かない。
◆どこかで自分はドライで汚い人間だと思い込んでいる。




―何、この分析力。




ファンデーションを割っても
明日も明後日も強く生きていきます。