実録!家具屋の1日

棚卸の最終データと殺るか殺られるか、
血走った目でデータと格闘する私に
「ちょいとお嬢さん」と声を掛ける老人あり。


「いらっしゃいませ、本日は何をお探しでしょう?」
と意気揚揚と売場にベッドコーナーへと小走る京都桃子。

老「お尋ねしますがね」
桃「えぇ何でしょう?」


これが幕開けとなり、その老人のお尋ね事は
私が既婚か未婚か、昭和何年生まれで干支は何か、
兄弟の有無から両親の仕事、
名古屋の人ではないようだけどどちらの出、などと
まるでお見合い相手の調査であった。
目下のところ、お見合いの予定もコンパの予定もない32歳。
内心、時間との戦い、
頭を過ぎるマイナス在庫とその調査に逸る気持ちを抑えつつ、
売上への欲を捨てきれぬ32歳(独身)。


思わせぶりにベッドコーナー(しかも高額エリア)へ店長を呼び寄せる老人、
私の頭に浮かぶそろばん。(弐段)
アルバイト含め、販売業も15年ともなると二言三言でわかってしまう。


―お客様か否か。



あいにく老人は後者であった。
正確に言うと
「お客様でない」わけでもない。
未来のお客様の可能性は十分にある。…か??
現実的に言えば、
老人と言うだけあってかなりのシルバー世代、
今からベッドの買い替えは年齢的にちょいと厳しいが、
彼にも子や孫がいるはずであり、
その時点で十分お客様候補である。
桃子の営業スマイルフルスロットル。


さてここで問題です。
老人「今は退官したけれど私の職業当ててみてください」
桃子心の声「(何?めんどくさい女子系??退官っつーぐらいやから国家公務員か教職やろ)」
しかしここはひとつご愛嬌、
「先生でしょうか?」と答えると
そのシルバーは大層自慢気に
「検察官として30年勤めあげました」としたり顔。
桃子「あら、検事さんでしたか。
弁護士さんは何人か存知上げてますが、
検事さんには初めてお目にかかります〜」
とうっかり始まる夜のお店ごっこ
「倅は弁護士と裁判官、甥は東京でいそ弁に出して…」
とシルバーの自慢始まる。
どうやら一族揃っての法学家系とのことで、
東京地検だの特捜だの公安だの法務局だのと
家具屋で飛び交うことのない単語が一気に飛び交う。
なまじ私が推理小説好き、その方面に興味もあったため、
シルバーの勢いはますます止まらぬ。
その止まらなさ具合と言ったら特急。
京阪特急を飛び越え、アーバンライナークラス。
途中下車など言語道断である。
ひとしきり退官後の検察官の暮らしぶりを聞かされた後、
「ところで私は何歳だと思いますか?」
と合コンの女子さながらの質問を投げかけられる。
桃「ものすごくお若く見えるんですけど、
お話伺った限りでは60超えてはりますよね?」
シ「明治13年生まれ(したり顔最上級)」


…何歳??



シ「私は人を見るのが仕事。話をすれば人となりから実のある人かどうかぐらい、すぐにわかる」
桃「(ふむふむ)」
シ「貴女もこんな仕事をしていれば私が客でないことぐらいすぐに見抜けたでしょう。それでもこうして私ときちんと会話をしてくれる、貴女はプロだ」


シ「ときに貴女は結婚したいとは思いませんか?うちの甥は東京で独身で…」



じいさんはベッドでもソファでもなく、
甥の見合い相手を探していた模様。



棚卸データ(修正版)は本日提出である。